自分を「公共物」と自覚する♪


見た目は公共物♪

自己演出は美意識に根ざす。
とはいえ、美意識の高さは人によりけりです

一口に身だしなみと言っても、ほころびのない服を着る、という感覚の人。
最低限プレスのきいたシャツにフレグランスぐらいは、と考える人もいます。

では、実際に守らなければならない最低限のルール、客観的な基準はどこにあるのでしょう。
それは、一歩出たら【自分の見た目、振る舞いは公共物である】
と認識することではないでしょうか
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たとえば私たち一人ひとりは、日常のひとコマにおいて満員電車の【風景】をなす一員です。
オフィスやレストランの【情景】をなす一員です。

結局のところ、ひとたび誰かとすれ違うだけでも、人の存在そのもの。
それが、すれ違った人になんらかの残像を残します。

もちろん、その残像が瞬時に消えてしまうことはあります。
逆に、何年経っても強烈に残ることもあります。

でも、いずれにしても人が人とかかわりを持たずに生きていけません
否が応でも誰の見た目も公共物なのではないでしょうか

電車内で堂々と着替えたり化粧をしたりする女子高校生がよくいました。
マスコミでも話題になりました。

本人たちに取材すると「何が悪いのかわからない、誰にも迷惑をかけていないし」。
という答えが返ってきました。

それを聞いた大人は、親の教育はどうなってるの?
と怒りますが、彼女たちはそんな大人にどう思われていいのだから聞く耳は持ちません。
それよりも自分が着飾るほうを優先します。

自分の行為が景観を害している感覚が全くないからです
歩行喫煙やポイ捨ても同じです。
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自分がよければいい。
というあさましさを露呈することに抵抗がないからできるのでしょう。
こういった行為は、見た目の公共に対する意識の低さが要因ではないかと思います。

昔の人が戒めとしてよく言う「お天道様が見ている」という言葉があります。
これは、自分を自然界や社会の一員として客観視する感覚です
ですが今はあまり聞かないのが現実です。

でも、日本人が本来持っていたそんな感受性は、美の秩序の下支えをしていたのかもしれません。
私たちが持つべき美意識の最低ラインも、おそらくそのあたりにある気がします

もし、周囲にどんな偉そうなことを言っても、どんなイケメンがいたとします。
道端にごみをポイ捨てをするような人がいたら、信用ならないということ。
それだけは、女性として覚えておきましょう。

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もちろん、女性である私たちも同じです。
綺麗に着飾り美しい土台を持っていても振る舞いで周りを不愉快にすることがあります
最低限でも、自分も公共の一部として意識した行動をとりましょう


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